切屑堂 kirikuzudo

ブログ: 2020/02/24 ボルト締結体の検討(その2)

<1.おさらい> 前回の「ボルト締結体の検討(その1)」では下記の内容を確認しました。 1.軸力と締付けトルクの関係 2.ボルトねじ部の応力と応力基準 3.ばね定数、内外力比と外力の作用による軸力変化 まず「1.」では軸力と締付けトルクには摩擦係数とねじピッチを変数とする関係があることを確認しました。 次に「2.」でボルトねじ部に発生するミーゼス応力を引張荷重によるものとねじり荷重によるものから求め、それが強度区分により決まる降伏応力内であることを確認しました。 さらに「3.」でボルトと被締結物のばね定数を求め、ばね定数から内外力比を決定し、外力が作用した場合にボルトの軸力がどれだけ変化するかを確認しました。 <2.内外力比を修正する> さて、前回は内外力比をそのまま使って外力からボルトの軸力変化を求めていました。実はこれは大胆な省略を行った方法です。被締結物のどこに外力がかかるかという検討を省略していました。 省略すると、ボルト/ナットの座面でボルトの軸中心の位置(図のB点)に引張側の外力がかかっている状態になります。 しかし実際のボルト締結体において、ボルト軸中心の座面位置(図のB点)に外力がかかることはまずありません。図のようなボルト締結体であれば外力の作用位置はボルト/ナットの座面より内側で荷重作用の軸方向位置(図のA点)になります。 被締結物が剛体(荷重により変形しないもの)であれば、外力がA点でもB点でも差はありませんが、被締結物は荷重により弾性変形します。図の例であれば破線のように荷重でボルトを中心に板が反る形で変形するはずです。 ここで内外力比はボルトと被締結物の外力による弾性変形(ばね定数)を考慮して定めるものだということを思い出してください。 そして前回、ばね定数(内外力比)を求めるのにこの荷重作用位置の違いによる弾性変形(=図の破線の変形)は考慮されていませんでした。実際のボルト締結体を検討する場合は、これを修正する必要があります。 そこで下記のように「外力の作用位置を考慮していない内外力比」に「修正係数(Cc/Cpt)」を掛けることで「外力の作用位置を考慮した内外力比」に修正できます。  <Before> ΔF = ( Cb / (Cb + Cc) )・ Qa  <after> ΔF = ( Cb / (Cb + Cc) )・(Cc/Cpt)・ Qa  ΔF : 軸力の変化分[N]  Qa : 外力[N]  (Cb/(Cb+Cc)) : 内外力比  Cb : ボルトのばね定数[kN/mm]  Cc : 被締結物のばね定数[kN/mm]  (Cc/Cpt) : 修正係数 ←NEW! 修正係数(Cc/Cpt)はボルト締結体の形式によって採用するモデルがかわり、いまだ定式化されていないものも多いですが、いくつかの形式に対しては実験結果と近い値を得られる式があります。それらの式については実例で確認していきたいと思います。 <3.修正係数のある場合とない場合の実例> 実際のボルト/ナットと被締結物をおいてみましょう。六角ボルトと六角ナットはメートル並目ねじ M8、強度区分はボルトが8.8でナットは8Tとします(最近は3価ホワイト処理がお気に入り)。被締結物は外径20[mm]の円形で板厚16.0[mm]の鋼板2枚の締結でいきます。ボルトの長さは40[mm]とします。作用する外力は5000[N]で鋼板の円筒外周面中央に作用するとしましょう。 まずボルトのばね定数Cbです。 ボルトの非ねじ部径としてd=6.6[mm]を使用します。ヤング率はEb,Em=200[GPa]。非ねじ部は0[mm]でねじ部は40[mm]、ねじ部の有効断面積は径を6.6[mm]として計算します。 [VDI2230によるボルトのばね定数 Cb]  1/Cb = 1/Eb * ( Lsk/An + La1/An + Ls/Ad3 + 0.5d/Ad3 )   + 0.4d/(Em・An)  1/Cb = 0.005 * ( 0.0772 + 0 + 1.1698 + 0.0965 ) + 0.005 * ( 0.0772 )  Cb = 140.78[kN/mm]  Cb : ばね定数[kN/mm]  Eb : ボルト材質のヤング率[GPa]  Lsk : ボルト頭部の等価長さ[mm]   ※Lsk = 0.4d(六角穴付ボルトの場合)  La1 : ボルト非ねじ部の長さ[mm]  An : ボルト非ねじ部の断面積[mm^2]  Ls : ボルトねじ部の長さ[mm]  Ad3 : ボルトねじ部の有効断面積[mm^2]  d : ボルト非ねじ部の径[mm]  Em : ナット材質のヤング率[GPa] 次に被締結物のばね定数です。 [VDI2230による被締結物のばね定数 Cc]  Dc = (Ec/Lg)・(π/4)   ・[( Do^2 - Dh^2 ) + Do・Lg・{ (x + 1)^2 - 1 }]  x = [ Lg・Do / ( Lg + Do )^2 ]^0.333  x = [ 32 x 13 / ( 32 + 13 )^2 ]^0.333 = 0.590  Cc = (200/32) x (3.14/4) x [(169 - 73.96) + 13 x 32 x 1.5281]   = 3585.14[kN/mm]  Cc : ばね定数[kN/mm]  Ec : 被締結物のヤング率[GPa]  Lg : 被締結物の厚さ[mm]  Do : ボルト座面径[mm]  Dh : ボルト穴径[mm] さらにここで修正係数を求めておきましょう。今回のようにボルト1本で円筒を締結し、円筒の外周部に外力が作用する場合の簡易式は下記になります。 [内外力比の修正係数(ボルト1本で円筒を締結する場合の簡易式)]  (Cc/Cpt) = A・exp{ B・(Dex / Dh) }  A = 0.642 x (32/8.6)^2 - 4.858 x (32/8.6) + 10.71   = 1.5224  B = -0.0778 x (32/8.6)^2 + 0.739 x (32/8.6) - 2.64   = -0.9812  (Cc/Cpt) = 1.5224・exp{ -0.9812 * (22/8.6) }  (Cc/Cpt) = 0.1554  A : 係数A = { 0.642(Lf/Dh)^2-4.858(Lf/Dh)+10.71}  B : 係数B = {-0.0778(Lf/Dh)^2+0.739(Lf/Dh)-2.64}  Dex : ボルト軸直角方向の外力の作用直径[mm]  Dh : ボルト穴径[mm]  Lf : 被締結物の板厚[mm]  ※係数A,Bは「ボルト軸直角方向の外力の作用位置」が   「被締結物の板厚方向の中央」である場合のものになります。   板厚が大きい場合は係数が変わってきますので   参考資料のP132あたりを参照してください。 繰り返しになりますが、修正係数を求める式はボルト締結体の形式、つまり採用するモデルによって異なります。上の簡易式はボルト1本で円筒を締結するようなモデルでしか使えないことを忘れないようにしてください。あと簡易式なので精度は微妙だと思います。 [修正係数のない場合の外力による軸力変化]  ΔF = ( Cb / (Cb + Cc) )・ Qa  ΔF = ( 140.78 / (140.787 + 3585.14) * 5000    = 188.91[N]  ΔF : 軸力の変化分[N]  Qa : 外力[N]  (Cb/(Cb+Cc)) : 内外力比  Cb : ボルトのばね定数[kN/mm]  Cc : 被締結物のばね定数[kN/mm] [修正係数がある場合の外力による軸力変化]  ΔF = ( Cb / (Cb + Cc) )・(Cc/Cpt)・ Qa  ΔF = ( 140.78 / (140.78 + 3585.14) * (0.1554) * 5000    = 29.36[N]  ΔF : 軸力の変化分[N]  Qa : 外力[N]  (Cb/(Cb+Cc)) : 内外力比  Cb : ボルトのばね定数[kN/mm]  Cc : 被締結物のばね定数[kN/mm]  (Cc/Cpt) : 修正係数 ←NEW! 修正係数を出した段階でわかっていましたが、修正係数を使った場合、軸力変化は桁が変わるほど小さくなります。 これは極端な例ですが、場合によっては修正係数の有無で内外力比が大きく変わることが確認できたのではないかと思います。 <4.ボルトにかからない荷重はどこへ消えたのか?> 極端な例でしたが、5000[N]のうち、ボルトの軸力変化に寄与したのは29[N]だけでした。では残りの4971[N]はどこへ消えたのでしょうか。これは外力のかからない初期締付け状態で被締結物の接触面に働いていた圧縮力を減らすために使われます。 先ほどの例でいけば、M8ボルトの標準軸力は14060[N]で、外力がはたらいていない状態では被締結物同士の接触面を圧縮するためにこの軸力は使われています。接触面は圧縮応力が発生しており、Φ22[mm]なので圧縮応力は37[MPa]程度になります。 ここで外力が作用し、4971[N]が圧縮力を減らすために使われると、標準軸力による初期締付け状態の圧縮力14060[N]が9089[N]まで減少します。これにともない、圧縮応力も24[MPa]程度まで減少します。 この被締結物の接触面に作用する圧縮応力はボルト/ナットのゆるみに係わっており、例えば軸直角方向の振動がある状態で圧縮応力がある値を下回ると、ゆるみがはじまる原因になったりします。 また、流体容器や流体配管のフランジ部では圧縮応力が内部の流体圧力に係数をかけた値を下回ると、内部の流体が漏洩することにつながります。 内外力比に修正係数を掛けないと、ボルトの軸力変化を大きく見積もることになり、ボルトは安全側での計算になりますが、逆に締結物接触面の圧縮力減少量は小さく見積もられることになって危険側での計算になります。 ただし、修正係数の厳密な算出は難しく、いまだ定式化されていない状態ですので、設計実務上では修正係数を使用せずに内外力比を計算し、危険側となっている圧縮力減少量に対してM.S.(安全率,Magine of Safety)を設けるのが現実的ではないかと思います。 --------- (その2)はこのあたりまでにします。 内外力比の話が終わったので、次からは管フランジ締結体の実例で話を展開していこうかと思います。 ※参考文献  『新版ねじ締結ガイドブック』  http://jfri.jp/publicate/  『トラブルを未然に防ぐ ねじ設計法と保全対策』  https://www.amazon.co.jp/dp/4526072583/