切屑堂 kirikuzudo

ブログ: 2020/02/11 ボルト締結体の検討(その1)

ばね座金ってあんまし意味ないよね、の話から転じて、少しボルト締結体の検討をしてみたいと思います。といっても、検討の流れを追うだけです。式の導出とか解説とかは参考資料を読んでもらうとして、というやつです。また、細かい数字は丸めたり大胆に省略したりしてるので、真面目な検討するときは参考資料とかVDI2230とかを使ってきっかりやってください。 ここでは下の図のようなボルトとナットによる締結体を前提にしています。ボルトとナットはメートル並目ねじ M8 とし、t6.0の圧延鋼板2枚の締結で検討していきたいと思います。ボルトはSCM435製の強度区分10.9の六角穴付ボルトとし、ナットはS45C(H)の強度区分8T品(8.8相当)とします <1.軸力と締付けトルクの関係> トルクレンチでボルトの締付けを管理する話はよく聞くと思います。ですが、締付けトルクとボルトにかかる軸力はそのまま対応しているわけではありません。締付けトルクとボルトにかかる軸力の関係は下記の式で表現されます。  Ts = F・(μs・d・secα' + P/6.28 )  Ts : 締付けトルク[N・m]  F : 軸力[N]  μs : ねじ面の摩擦係数  d : ボルトの有効径[m]  α' : フランク角   ※並目メートルねじではフランク角が30[deg]   ※sec(30[deg]) = 1.1547  P : ねじピッチ[m] この式から同じ軸力でも、  ・ピッチが大きい  ・有効径が大きい  ・摩擦係数が大きい ほうが締付けトルクは大きくなります。括弧内をまとめて「トルク係数」と呼ぶこともあります。 さて、今回の検討例にあてはめてみましょう。 メートル並目ねじM8で、標準軸力はボルト・ナットが8Tのため1.8T系列となるので、F=14060[N]となります。  ※標準軸力は下記の技術資料を参照しました。  東日製作所 ダウンロード 技術資料  https://www.tohnichi.co.jp/download_services ねじ面の摩擦係数はモリブデングリスを使って0.1とします。  ※実際にはモリブデングリスでは摩擦家数は0.09~0.12とばらつきます ボルトの有効径は7.19[mm]とし、ねじピッチはM8並目なので1.25[mm]です。 以上より、締付けトルクTs=14.5[N・m]となります。 (無潤滑だと摩擦係数が0.2程度になり、締付けトルクは26.1[N・m]程度になります)   <宣伝>    トルク係数を安定化するすごい製品だ! 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