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2019/03/01
高専と工業高校の違い #とは
「高専のものづくりは工業高校と変わらないか否か」
という不思議な問いがTwitterで流れてきていました。
>アンチ高専の方に「高専のものづくりは工業高校と変わらない」と
>指摘をされました。私は違うと思うのですが、自分の見解違いなら
>悪いなぁと思うので高専のものづくりについてアンケート
>取ってみたいなぁと思います
>あなたにとって、高専でのものづくりの内容は?
元ツイート
https://twitter.com/Alpaga_datta/status/1100320799263678465
今回はこの不思議な問いをお借りして自分語りを
してみたいと思います。
※高専機械工学科卒の人間が書いてるので
そのバイアスは差し引いて読んでくださいね。
まずはこの文に出てきた「ものづくり」という語について
検討してみましょう。
<ものづくり、という語>
ものづくり、という語の初出はいつなのでしょう。
どの時期から普及して、補助金や書籍タイトルや記事タイトルに
使われるようになったのでしょう。
あまり真面目にやるつもりはありませんが、
平成11年に小渕内閣において「ものづくり懇談会」というものが
実施されていました。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/monodukuri/
また、CiNiiで検索すると1980年頃からタイトルに
「ものづくり」という単語を含む記事が出はじめています。
つまり1980年代に普及しはじめ、1999年には国家元首が官邸で
口にするレベルの語となったわけです。
では、この、ものづくり、とは何をさしているのでしょうか。
先ほどの「ものづくり懇談会」の議事概要には下記のような記述があります。
『「ものづくり」は、技術開発と
製造工程における品質のつくり込みの2点にわけられる。』
高専を出て以降、少ないながらも製造業界隈を見てきたわけですが、
この定義にはなるほどと思いますし、ハードウェア/ソフトウェア
みたいな切り方をしていないのが好感を持てます。
これを妥当な定義として「ものづくり」は
1.技術開発
2.(品質を作りこめる)製造工程
の二つの要素からなると考えて話をすすめます。
<問いを見直す>
高専でも工業高校でも上記の定義での「ものづくり」はしません。
ロボコンに代表される技術コンテストや競技はたしかに
部分的に「1.技術開発」に該当しますが、製作工程を
「2.(品質を作りこめる)製造工程」と判断するのは
難しいと考えます。
高専でも工業高校でも「ものづくり」をしないとなれば、
比較する対象がなく、はじめの問いは成立しません。
このことからはじめにかかげた問いを下記のように修正する必要があります。
修正前:
「高専のものづくりは工業高校と変わらないか否か」
修正後:
「高専と工業高校で学ぶ、ものづくりのための
カリキュラムに大きな差があるか否か」
ではそれぞれのカリキュラムについて比較してみましょう。
<工業高校と高専のカリキュラム>
現在の各高専のカリキュラムがどうなっているかについてですが、
高専機構が「Webシラバス」を公開しています。
https://syllabus.kosen-k.go.jp/Pages/PublicSchools
自分が体験したのは15年以上前の母校の機械工学科の
カリキュラムなので、体感的なものはそのポイントでしか
わかっていませんが、見たところでは大きな変化は
なさそうでした。
対して、工業高校のカリキュラムはどうでしょうか。
当然ながら工業高校に通ったことはないのですが、
雰囲気を調べるためにGoogleで検索してみました。
兵庫県立姫路工業高等学校
http://www.hyogo-c.ed.jp/~himeji-ths/003department/curriculum.html
長崎県立島原工業高等学校
http://shimabara-th.ed.jp/?page_id=270
滋賀県立瀬田工業高等学校
http://www.setatech-h.shiga-ec.ed.jp/information/syllabus/
機械科のものを見てみると、
高専の機械工学科において実施されるうち、
・加工実習
・設計製図
・機械力学
・機械設計法
・生産工学
に該当するものが含まれています。
逆に下記のものは含まれていません。
・工業熱力学
・工業材料学(材料工学)
・材料力学
・流体力学(圧縮性流れは除く)
・伝熱工学
・流体機械(油圧工学含む)
・制御工学(古典制御)
・応用数学(ラプラス変換・フーリエ級数)
この差が先ほど定義した「ものづくり」において
どのように影響してくるか考えてみましょう。
<技術開発のためのカリキュラム>
「ものづくり」における技術開発の側面で、
高専のカリキュラムで学習したことがどのように活かすことが
できるのでしょうか。
技術開発というのは理論構築と設計推算と(試作と)検証試験の繰り返しになります。
理論構築と設計推算は当該分野の修士課程・博士課程を
経験された方々でないと対応できないことが多いため、
高専卒の方が担当することは少ないと思います。
(例外はたくさんありますが)
というわけで、高専卒の技術開発における活躍の場は多くの場合、
検証試験の現場になります。
検証試験では試験用の試作品(供試体)を用いて、
設計推算で決められた所定の機能・性能が実現されているかを
検証します。
※シミュレーション技術の進歩で試験への要求が変わりつつありますが
現物での試験をまったく行わずに済ますことはできません。
(法的要求がある場合もあったりします)
検証試験では供試体に対して所定の環境条件を入力する必要があります。
例えば飛行機の風洞試験では、供試体となる模型のまわりの空気の流れを
実際に飛行するレイノルズ数となるようにする必要があります。
温度や圧力、流速、空気の温湿度などを安定させるために
制御工学や流体工学、伝熱工学の知識が要求されます。
また供試体を保持するための構造には材料力学や流体工学、材料学の
知識が必要となります。
検証試験の計画立案には実験計画法や統計学の知識が求められます。
検証試験の現場ではこのようなことを理解している前提で
仕事をしなければならないので、工業高校卒の方は
学校で学んだことにプラスしてこれらの知識を身につけなければ
いけません。
※検証試験の雰囲気をつかむには下記リンクの
「環境試験技術報告:第15回試験技術ワークショップ開催報告」
を読むとよいかと思います。
「JAXA 環境試験技術ユニット 試験技術ワークショップ」
http://shiken.jaxa.jp/index.html
もちろんOnTheJobTrainingや独学で対応できる方はいるでしょう。
問題が発生してから対処方法を学んで検討したほうが効率的という
向きもあると思います。
ただ、どこが問題になるか、というのを先験的に把握するためには
ある程度、体系だった知識が必要となるのではないでしょうか。
高専のカリキュラムが各専門科目を統合的に体系化していると
いうのは言い過ぎかもしれませんが、統合的な体系化に至る道を
示すための基礎は十分に提示されていると思います。
<(品質を作りこめる)製造工程のためのカリキュラム>
「ものづくり」における製造工程の側面で、
高専のカリキュラムで学習したことがどのように活かすことが
できるのでしょうか。
製造工程ではその工程にまつわる物理現象により、
インプットとアウトプットの関係性が常に理想的な状態となることは
ほとんどありません。品質を作りこむ、というのは、
インプットとアウトプットの関係性を様々な工学的手法を用いて
理想的な状態にもっていくことだと言えます。
そのためには「工程にまつわる物理現象」を
インプットとアウトプットの関係性に影響があるオーダーで
定量的に抽象化・モデル化しなければなりません。
高専では統計力学のような高度な物理現象は扱いませんが、
工業熱力学・伝熱工学・電磁気学・材料力学・材料学・流体力学の
ような専門科目で大まかなモデル化の例を学びます。
時として、専門家による、より精緻なモデル化が必要な場合もありますが、
そのバトンを渡すための知識があることが大切だと思います。
これに関してもOnTheJobTrainingや独学で対応できる方はいるでしょう。
ただし、それには常人には難しいレベルの努力が必要だと思います。
<まとめ>
ここまで工業高校では学ばず高専で学ぶ要素が
「ものづくり」に対してどう役に立つか、ということを
非常に大雑把に見てみました。
「ものづくり」は
1.技術開発
2.(品質を作りこめる)製造工程
の二つの要素からなり、その場面では
工業高校では学ばず高専で学ぶ要素が必要になってくる、
というのがここまでのお話です。
※繰り返しますが、高専機械工学科卒の人間が書いてるので
そのバイアスは差し引いて読んでくださいね。
もちろんここで挙げたのは一つの例であり、
例外はたくさんあるというか、むしろ世の中には個別事例しかなく
例外だらけということになるかもしれませんが、
傾向としてはこのようなものではないかと思います。
ただし、高専でも工業高校でも学べることは基礎の一部だけですので、
そこに対してさらに知識を積み上げる必要があります。
そういった、学校で学んだことだけではなんともならない、
という点では高専も工業高校も大差ないのかもしれません。
キャリアパス、という言葉があるように、
振り返ってみたときには高専も工業高校も通過するものです。
工業高校を卒業して工学部で真摯に学ぶという道もあります。
また、カリキュラム以外の部分について、
工業高校と高専ではそれなりに差があるところもあるのですが、
その点についてはおそらく世の中の多くの高専卒が
語ってくれていると思いますので、ここでは触れません。
そして、この話、飽きてきたので、このあたりにします。